Beanの日記

徒然日記

「さびしさの授業」 伏見憲明

よりみちパン!セ」シリーズ。
「15歳の寺子屋」シリーズと同様、中学生向けの本。

 

さびしさの授業 (よりみちパン!セ)

さびしさの授業 (よりみちパン!セ)

 

 共感したのは、小学校時にいじめられた経験談。いじめの内容はクラスメイト全員からの無視。原因は不明。一週間が経った頃、いじめの空気が緩和されて元の生活に戻ったが、どうして終息したのかも不明。いじめの渦中にいた時、筆者は、

「親や先生には相談できなかった。それを聞いた親の気持ちを考えるとできなかった、プライドが許さなかった、だから気丈に振る舞い気が付かれないようにした。」
と書いている。
 
数十年後、筆者は同窓会で再会した同級生と近況を報告しあい盛り上がる。しかし、同級生は筆者をいじめたことを覚えていないことに気がつく。その時の気持ちを、
「自分だけがあの子供時代をまだ生きていて、そこに取り残されているような気分」
と書いている。そして、
「あの傷心を精一杯受け止めようとしてきたからこそ、今、ほかの誰かの中にあるかもしれないさびしさを想像することができる。」
と書いている。
 
【感想】
息子のこと、ママ友から聞いた話、自分自身のこと、いろいろ思い出して考えていて気になったのは、
「何事も経験。経験から学ぶことは多い。子供にとって経験は大切。」
という言葉の多さ。先生や問題が多い子の保護者が乱用している
現状だ。
それは暴言だと思う。これは、つらい経験をした人が前向きに生きるためにいう言葉であって、第三者や加害者サイドがいう言葉ではないと思う。