Beanの日記

徒然日記

「家で死ぬということ」

「家で死ぬということ」

筆者が実父を介護した時の話。小説っぽくて読みやすかった。

 

昔は家で死ぬのが当たり前だった(と思う)けど、今は家で死ぬのは大変なことがわかった。

介護やケアの問題はもちろんだが、終末期から臨終までの話があまりにも知られていないと思った。「枯れるように静かに逝った」という話をよく聞くが、そんな話ではなかった。死に際、本人は壮絶に苦しむ。その様子を家族は見ていられないと書かれていた。ここで救急車を呼ぶと病院で看取ることになる。救急車を呼ばずに耐えられるか。耐えたとして、トラウマにならないか。

在宅介護でも家族の合意がとれたら医師や看護師からソセアタ(鎮痛剤と精神安定剤?)をうってもらえる。注射をすると静かに眠るように落ち着くが、効果は数時間。これを打ち続けて、最後に呼吸が不規則になって臨終を迎える。

 

それから、地方医療の現実も垣間見れた。骨折して病院に運ばれても、

オペ室の空き

整形外科医の勤務日(1週間に1回など)とスタッフの時間が確保できるか

これらがそろわないと手術はできない。ドラマのようにすぐに手術ということはない。

私も夫も地方出身だけど、比較的大都市なので身内でここまでの話はまだ聞いたことがない。恵まれていると思ったが、自分たちが高齢者になるころの日本の医療はどうなっているだろう。

 

 

【私の読書メモ】

「ピンピンコロリ」と言う人ほど、「コロリ」のほうを考えない

 

自分事になっていないんでしょうねー(筆者もそのように書いていた)。

「コロリ」と逝かれると、本人も周囲も何も準備ができていないから本当に困ります(父が「コロリ」でした)。

 

 

在宅医療と病院医療は別物

在宅医療を経験して思うことは、従来の病院医療(病院内医療)と在宅医療(病院外医療)は根本的に、文化・哲学が違うということです。治すことを目的とした病院医療に対し、在宅医療は病院の外の、その人の生活を支える医療です

 

 

・娘さんが、貯金がたくさんあるからヘルパーなどを雇って楽をしていいんだよと言った時の実父の発言

「俺もなぁ、この年までがんばってきたんだし、せいせいと自分の金を使いたいさ。だけどなんでかなぁ、どうしても使えないんだよ。我ながら困っちゃうなぁ・・・」

 

高齢になるとお金を使えなくなることは、「DIE WITH ZERO」にも書かれていました。

 

 

介護職の人は決まって「ご家族さんの生活を大切にしてください」というのだと思った

「娘さんもお忙しいでしょうから、決して無理はしないでください。とにかくご自分の生活、健康が一番です。」

 

 

スーパーや病院にスーツ姿でうろうろしている高齢者が多いのは気のせいではなかった

そもそも父はOクリニックへ行くことを、「ハレの場」のように捉えていた。律儀にワイシャツと背広を着る。整髪剤を使って髪を整え、丁寧に髭を剃る。足のむくみがひどくなる前は革靴まで履き、お気に入りの帽子をかぶって玄関の鏡で入念なチェックだ。

 

私はこういう姿勢は好きです。これから街で見かけたら心の中で敬意を表そうと思いました。

 

 

配偶者がいないと寂しい、長生きは寂しい

「英子が生きていれば、俺だって人工透析でもなんでもやって生きていたいよ。でもあいつがいなくなってもう十三年だ。ずっと一人で頑張ってきたけど疲れたよ。英子だけじゃない、兄弟も友達もみんな死んじゃった。俺だけが生きていたって、そんな寂しい話はない。もう疲れた、もうこれ以上はがんばれないよ・・・・」

 

 

・エンゼルケア

エンゼルケアとは、亡くなった人の体を清潔にし、身支度を整えることだという。病院では看護師、施設では介護スタッフ、場合によっては葬儀社の納棺師が行うのが一般的だが、家族が任されるのは在宅死ならではの「特権」らしい。

 

 

・遺体搬送の事情

「病院で亡くなれば霊安室に安置され、専用の出入り口に搬送車を横付けできる。入院患者や来患者に知られずに済むが、自宅で亡くなるとそうではない。

一軒家でも搬送車が入って作業がしにくい場所だと、離れたところにある駐車場に搬送車をとめて、そこまで死体をストレッチャーで運ぶことになる。その際、人目につかないようにする気遣いが発生する。

マンションなどの共同住宅の場合、エレベータがない場合がある。エレベータがあったとしても、小さなエレベータだとストレッチャー自体が入らないことがある。ストレッチャーが入る場合でも、エレベーターを使うことに苦情が来るかもしれない。自分が乗ったエレベータに途中階から遺体が同乗したら、ショックを受けて当然だ。顔も名前も知らない誰かとなれば、苦情が出ても不思議ではない。」

というようなことが書かれていました。

死ぬのは大変だと思いました。