Beanの日記

徒然日記

バカの壁 筆者:養老孟司

バカの壁 (新潮新書)

バカの壁 (新潮新書)

第八章:一元論を超えて
最終章。なんかもう、字を目でおってページをめくっているだけだ。頭にはいってこない。宗教論の話が多くて理解に苦しむ。筆者は医者だけど文学者みたい・・・
筆者自身は「今まで、いろんな問題点を指摘したが、ではどうすればいいのか、どうなればいいのか」ということをこの章で述べたいらしく、そのために宗教論を持ち出しているらしい。
「話せばわかる」という姿勢は、一元論に基づき勝手に物事を推しはかろうとする姿勢であり、そういう姿勢が「バカの壁」をつくる。「バカの壁」が出来てしまうと、壁の向こうの相手は見えなくなるので話も通じない。
という内容で話を閉めている。

【総評】
容的には、
人は無意識に自分が興味のあることないことで脳にフィルターをかけてしまう。同じ知識をもつ人間が同じ話を聞いても、新しい発見がたくさんあった、もっと詳しく知りたいと思うものもいれば、知っていることばかりだと思う者もいる。興味の示し方が違うのはこのフィルタのせいで、このフィルタこそが「バカの壁」である。
なぜ、「バカの壁」かというと、壁ができてしまうと壁の向こうは見えなくなり、壁の内側だけで物事を考えてしまいそれが全てだと思い込んでしまう。つまり、「バカの壁」とは、もうこれ以上は追求できませんという境界線なのだ。
いとも簡単に、「話せばわかる」という人がいるが、それは本当だろうか?
バカの壁」で囲まれた自分の世界観で相手の話を聞いて、勝手に推しはかっているにすぎないのではないか。それが「わかる」ということなのか?
もし、相手と自分の間に絶対的な価値観があれば話は別であるが、違う価値観、世界観をもつ相手の話がそんなに簡単にわかるはずがない。
といったかんじである。
分の日々の生活の中で、勝手に物事をおしはかっていることは多々ある。いくらでも時間があるわけではないので、ある程度みきっていく必要がある。しかし、時には立ち止まって、筆者の言うようなことを考えてみるのもいいかと思った。
ころで、この本、「バカ売れ」しているらしいが、世間の皆さんはこんなに難しい本をささっと読んで理解し、ためになるなぁ・・・なんて思っているのだろうか。
アマゾンに書いてある書評は数が少ないのであれではわからない。
そういえば、養老さんは他にも何冊か本を出しているが、それも売れているみたいだ、ということは、みんなちゃんと理解して読んでいる???
世間の人って頭いんだ。。。
私にはちょっと重たい本だった、多分、もう養老さんの本は読まないと思う、だってむずかしー

[過去の日記:6月6日, 6月10日, 6月22日,6月23日]